スウェーデンは美人が多いと国として有名で、首都ストックホルムが「世界で最も美女が多い町」として選ばれたこともある。
http://www.pravdareport.com/society/105452-beautiful_girls/
何を美しいと思うかなんて人それぞれだし、こういう調査の主催者はたいてい白人だから、自分の見慣れた美を選ぶものだ。白人が東洋人の美しさを真に理解しているとは思えない。せいぜい、白人美女にどれだけ近いか、でしか判断してないと思う。
たとえば、このスウェーデン女性をどう思いますか。

文句なしに美人だよ。美人だけど、、、
・白人の青い目って酷薄そうに見えて、何か怖い感じするんだな。
実家で猫を飼ってるけど、明るいところだと瞳孔が閉じてて、いつもの魅力が半減する。薄暗いところだと瞳孔が開いて黒い目がくりっとして、一層かわいくなる。
日本で育った慣れのせいかもしれないけど、個人的には目は黒いほうがいいかな。
・あまりにも整った目鼻立ちって、人工的な感じがして、どこかなじめない。
西洋風の絵画とか彫刻のなかの顔、って感じで、日常的に接する顔じゃないのね。
なじめない美しさって、何だか緊張してしまう。こんな美人が嫁やったら、おちおち横になって屁もこけへんのぉ( ´Д`)

でもこういう、顔のパーツがでかい美女は、女優やモデルとしては非常に重宝される。実際、映画で見ててもスクリーン映えするんだな。
スウェーデン出身の女優と聞いて、まず浮かぶのは、グレタ・ガルボ(1905〜1990)だ。

顔の整った白人のなかにあっても、これほどの美人はなかなかいない。幼少期から舞台に上がっていて、美貌だけでなく演技のうまさも兼ね備えていた。
映画の黎明期を支えた大女優と言っても過言ではないくらいの人だけど、なんと、35歳の若さで映画界から引退してしまった。
引退後も映画界から復帰のオファーやマスコミの取材依頼が絶えなかったがすべて退けて、長い余生を過ごした。
突然の引退の理由はいろいろ言われている。
女性にしては声が低くて、無声映画では問題にならなかったけどトーキーには向いていなかった、という話もあれば、同性愛者であることに生きづらさを感じていたのではないかという説もある。どちらも事実のようだ。
現代日本に生きていれば、宝塚スターになれる器だろうね^^;

この人のエピソードで僕が一番好きなのは、ドナルド・キーンがこの人に会ったときの話。
キーンがニューヨークの友人宅を訪れたとき、たまたまガルボと会った。
引退してすでに数十年が経ち、すでに老いが否みがたく彼女の顔を侵食していた。しかし往年の大女優である。人に面会するときは、メイクすることを忘れなかった。
しかし、キーンは繊細な人である。ガルボの顔を見て、口紅が唇をはみ出していることに気付いた。
キーンはある噂を聞いたことがあった。「ガルボの家には鏡がない」という噂である。
ああ、そういうことか。キーンはすべてを理解した。
老いていく自分の顔を見ることが厭わしく、ガルボは鏡を遠ざけた。しかし、人と会うからには、化粧をしなければならない。そこで、鏡を見ないで紅を引くことになる。
キーンがガルボの唇に見たのは、老いへの嫌悪と女優としてのプライドの葛藤そのものだった。

老いは万人に等しく訪れる。そして、その先にある死も。
老いや死をどう受け入れるのか。そこにはその人の生き方がはっきり現れる。
老いは誰にとっても厭わしいものだけど、若い頃に美しかった人は特にそうかもしれない。
グレタ・ガルボは「もう美しくない自分」というのを、どうしても受け入れられなかった。強烈な自負やプライドというのは、ある意味十字架なんだ。この人の余生は、その重みに苦しむ日々だった。かわいそうに。しんどい人生だっただろう。
逆に、若い頃はパッとしない感じでも、年齢がその人に追いついてくるというのか、中高年になって魅力を増す人も確かにいる。
結局一番幸せなのは、時の流れに変に抗わず、恬淡とした自然体を保てる人なんだろうね。