1962年京大霊長類研究所の杉山幸丸はハヌマンラングールの驚くべき行動を発見した。
ハヌマンラングールは1匹のボス猿が多数のメスを引き連れて、ハーレムを形成する。このボス猿に対して若いオスが挑み、追放に成功すると、新たなボスとしてハーレムを乗っ取る。そしてこのボス猿は、なんと、群れのメス猿が抱える乳児の首を噛み切って、皆殺しにしてしまう。
この「子殺し」の報告は、発表当初、学会の通説(「種の保存則」)に反するとして、相手にされなかった。しかしその後、ライオンや他の霊長類(30種類ほど)でも同様の行動が確認され、次第に認められるようになった。
ハヌマンラングールのこの残虐な行動は、一体どのように説明できるだろうか。そのためのキーワードのひとつが、プロラクチンである。

プロラクチンは脳下垂体から分泌されるホルモンで、母乳の生成を促したり、排卵を停止させ発情を抑制する作用がある。
通常ではほとんど分泌されないが、哺乳類のメスの妊娠時に分泌され、出産後も赤ん坊の乳首への吸引刺激によって分泌が継続される。
つまり、授乳中の子猿を抱える母猿ではプロラクチンの血中濃度が高く、発情が抑制されており、新たなオスを受け入れることはない。
ハヌマンラングールのボス猿が、次のボス猿に取って代わられるまでの平均期間は27か月である。新しいボス猿にとっては、将来他のオスに取って代わられるまでの間に自分の子をメスに産ませなければならない。ところが、プロラクチンの影響で、授乳中のメスは子猿が乳離れするまで発情しないのである。
そこで新たなボス猿にとって、先代のボス猿の血を引く子猿を殺し、できるだけ早くメス猿の発情を促すことが、自分の遺伝子を広げる適応的な戦略ということになる。

プロラクチンは当然人間にも見られ、女性のみならず男性にも存在する。
というか、前回の「賢者タイム」の話でいえば、射精後の男性では血中プロラクチン濃度が上昇している。つまり、発情が抑制され、非常に穏やかな気持ちになっている。
この状態のときに、女性から「ねぇ、もう一回!」などとさらなる発情を求められても、それはホルモンの生理に反したことである。むしろ不愉快を感じても不思議ではない。
授乳中のお母さんでプロラクチン濃度が高いのは当然のことである。女性は子供が乳離れするまでは、いわば「女賢者」になっている。
子供が乳離れすると(つまり、乳首への継続的刺激が終了すると)、女賢者モードも終了である。プロラクチン分泌が低下し、排卵が再開して発情が可能となり、次なる子供に備えることになる。

プロラクチンの生理作用という観点で見れば、性交後にもベッドの上でいちゃついている人間の男女は、動物界ではむしろ異端である。
犬科の生物では、オスには亀頭球という構造があって、交接後も長時間結合することが可能であるが、しつこいオスに対していらだったメスがオスを攻撃することがしばしばあるという。
野生では、性交のような無防備な状態は、短時間であることが好ましい。行為を終えれば、すぐに正気に戻って、日常に立ち返る、というのが生存上のメリットなのだろう。
しかし人間の場合、セックスは繁殖の意味合いだけではなくて、コミュニケーションの手段であったりする。
「ねぇ、もう一回」とねだられて、本音としては「勘弁してくれよ」であったとしても、「しょうがねえなぁ」ともう1ラウンド頑張ったりする^^;

「ちょっと待ってくれ。授乳中は発情が抑制されて、女賢者になっている、ということだが、それ、本当か?うちのかかあは、授乳中にも普通に俺とエッチしてたぞ」というお父さんもいるかもしれない。
「ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで。お父ちゃんのもんとは違うのんやで」と月亭可朝が歌っているが、統計によると、産後1~1.5か月以内に13%のカップルがセックスを再開しているという。
つまり、赤ちゃんのためのボインを、横取りして吸ってしまうお父ちゃんがいる、ということだ^^;
そう、ここが他の霊長類にはない、人間の特殊性なんだ。
ヒトにおいては、授乳中でも発情して交尾が可能になったため(ただし妊娠確率は低い)、オスは子殺しをする必要がない。メスの進化による賜物だと考えられている。
だから人間においては、ハヌマンラングールのような悲劇は起こらない、はずなんだ。

しかし例外ずくめなのが人間である。
血のつながりはなくとも我が子のように愛情を注いで育てられるのが人間のすごいところだし、我が子を虐待の末に殺して逮捕された、というニュースが珍しくも何ともないところが、人間の恐ろしいところである。
神と悪魔、崇高な愛と野蛮な残虐さ、そういう両極端が同居するのが人間の精神である。
ただお固いことはさておき、今の僕には2ラウンド連チャンでやるのは、もうできません^^;