今ルミナリエの開催期間中で、夜の元町駅周辺は大変な人だかりだ。
近辺は車の通行が規制されているし、歩行者の通行も警備員が規制している。
ジムに行く通りがまさにルミナリエのルートにあたっているものだから、ジムにたどり着くのも一苦労だ。
それにしても、歩いているのはカップルばっかり。
光に誘い出される蛾のように、神戸中のカップルがこのイベントにふらふらと引き寄せられている。
こんなにたくさんのカップルがいるのか、と感心する。
少子化を心配するのは杞憂だな笑

でも今日は夕方から雨が降り始めたから、いつもより落ち着いている。

僕の目の前を、一つの傘を二人で分け合う高校生のカップルが歩いていた。
男の子のカバンにウナギイヌのキーホルダーがついていた。
ウナギイヌ?
40年前の小学生がこのグッズを持っていたとしたら、それはまさしく、人気マンガの人気キャラクターであり、その子には誇らしいキーホルダーだっただろう。
しかしバカボンをリアルタイムで見てないことはもちろん、再放送でも見てないかもしれない今の高校生が、ウナギイヌのキーホルダーをカバンにぶら下げる感覚は?
一周まわっておもしろい、といったところか。

一周まわって、ではなくて、赤塚不二夫作品はどれもおもしろいんだけどね。
バカボンもおそ松くんも、ユーモアがあるのはもちろん、優しさが根底に流れてる。
暴力シーンはいっぱいあるけど、弱虫のハタ坊もいじめられたりしない。ケンカにしても、チビ太が一人で六つ子に向かうような、弱い者が強い者と戦う場面しかない。
ああいうのは赤塚不二夫の人間観がそのまま出ている。
https://www.shogakukan.co.jp/books/09408606

満州から引き揚げてくるときの船内は地獄だった。
大人たちは食べ物の奪い合いで殺伐としていた。皆、生きるために必死だった。
船内の片隅に横たわり、ただ痩せ衰えていく妹。何も食べさせてやることができない。希望を持たせようと、明るくふるまう。笑顔を見たくて、冗談を言う。
最初のうちは笑っていた妹だが、次第に笑う元気もなくなっていき、やがて餓死した。
見るのもつらい。でも、目を背けなかった。
衰弱していく妹の姿は、彼の心に一生深く焼きついた。

60年代は赤塚不二夫の時代だった。
おそ松くん、ひみつのアッコちゃん、天才バカボン、もーれつア太郎。
出すマンガがことごとく大ヒットした。
彼が生み出す斬新なキャラクターたち。キャラクターの滑稽な言動。(しかしギャグの下に一貫して流れる一抹のペーソスに、気付く人は少なかった。)
子供たちは彼の画き出す作品世界に夢中になった。
マンガは飛ぶように売れ、テレビアニメにもなった。
気が付いてみれば、使い切れないほどの大きな財産ができていた。

こんな金が何になる。
高い酒、高い女、高いスポーツカー。何を買ったって、満たされやしない。
今じゃないんだよ。あのときだよ。
引き揚げのときの、あの船内で、今の何百分の一でいいから金があって、食い物を買ってやれれば。
悔やんでも意味のない悔いに身を悶えさせながら、すべて忘れようとして、次第に酒の魔力に溺れていく。
「酒が傑作を生み、酒が赤塚不二夫を生んだのだ」と豪語したが、病的なレベルに達した酒量は、着実に彼の創作能力を枯渇させていった。

作品を生み出す力がなくなっても、彼には楽しみがあった。若い芸術家を支援することだ。
唐十郎、寺山修司など、食うに困っている劇団に惜しみなく資金援助した。
福岡から飛び込んできたタモリに衣食住を提供した。
将来のある若手を助けてやることこそ、彼にとってほとんど唯一、意味のある金の使い方だった。
こうして後進には大いに慕われることになったが、彼の健康はますます酒に蝕まれていった。

アルコール依存症の治療のために、何度も入退院を繰り返している。
退院後、報道陣の前で、これでやっと飲める、と記者らの前で酒をあおって見せた。
どこまでも露悪的な人で、破滅型の人で、繊細な人だった。

僕が彼の主治医だったなら、、、
救えただろうか。
ナイアシンなりビタミンCなりで、アルコールの霧のなかから彼を救い出すことができただろうか。
それとも、少年時に刻まれた餓死する妹を看取った記憶はあまりにも鮮烈で、裕福になればなるほど強くなる自己の破滅願望は、もはやビタミンでどうにかなるものではなかったか。
酒の悲劇は、適切な栄養摂取で防ぐことができると僕は信じている。
こんな才能のある人が、酒で潰れてしまってはいけない。何としても助けたい。
しかしそんな僕の思いをよそに、赤塚不二夫は笑いながら言うだろう。
これでいいのだ、と。