以前のブログで、アイヌの模様や沖縄シーサー、沖縄の塩(ぬちまーす)にはよからぬ霊を遠ざける力がある、と書いた。
どちらも、日本の北と南、両極であることがおもしろいと思った。

北と南、今は端っこである。しかし、かつては、端っこではなかった。ずっと昔、彼らは、つながっていた。
何を言っているか、わからない?
これから説明していこう。

昔、探偵ナイトスクープで、こんな依頼があった。
「関西では人を罵倒するときに、『アホ』と言います。しかし、東京では『バカ』と言います。
一体、この『アホ』と『バカ』の境目は、どのあたりになるのでしょうか?」
この一見単純な依頼は、しかし民俗学的に極めて重要なテーマを含んでいた。当初は誰も気付かなかったが、一バラエティ番組が扱うにはあまりにも巨大なテーマだった。
このあたりの経緯は『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』(松本修 著)に詳しいので、ここでは立ち入らない。
ただ、結論だけいうと、このテーマを深く掘り下げた松本修氏は、最終的にはその研究成果を学会発表し、各方面から賞賛を受けることになった。
それは、柳田国男の方言周圏論の正しさを見事に裏付ける研究だった。
方言周圏論というのは、一言でいうと、この図である。

かつて千年間にわたって、この国の都は京都にあった。
京都で起こった文化(衣食住にまつわる文化、学問にまつわる文化、はやり言葉など)が、全国に広まっていった。従って、文化の波及は、都を中心とした同心円状の広がりを見せる。
この理論の直接的な証明はできないが、現在各地に残る様々な文化の痕跡を追いかけることで、理論の正しさを傍証することはできる。
たとえば、方言である。
カタツムリを表すのに、最も離れているはずの東北と九州で「ナメクジ」と同じ表現を使い、比較的遠い中国と信州で「カタツムリ」と同じ表現を使う、といった具合である。

この理屈を、『アホ』と『バカ』に当てはめると、『バカ』は『アホ』よりも古い時代に使われていたはずである。
『バカ』という表現に飽き足らなくなってきた若い人たち(言葉の流行を作るのは、いつの時代もしばしば若者である)が、『アホ』と言い始めた。
古い『バカ』は周辺(九州、関東)に波及し、新しい『アホ』は関西にとどまっている。しかし明治以降、情報発信の中心が東京に移ったことで、京都を中心とした文化の波及は終息した。

実は方言周圏論は柳田の独創ではない。1872年ヨハネス・シュミットが提唱した「波状伝播説」を日本に適応したものである。
また、すべての言葉が周圏的に分布するわけではない。柳田自身、晩年には「あれはどうも、成り立つかどうかわかりません」と懐疑的になっていた。
しかし彼の死後6年後に刊行された『日本言語地図』では、「牝馬」「もみがら」など、調査した言葉のおよそ27%に周圏分布が見られた。

理屈ではなくて、「何となく似ているな」の直感から、学問が始まったりするものだ。
岡山出身の友人が、名古屋の大学に進学してそこで暮らし始めた。岡山と名古屋。全然違うはずである。
しかし、何か、似ている。言葉、料理の味付け、町の雰囲気。
北海道出身者が、寒い地元に嫌気がさして、真逆の沖縄に移住した。すべてが違うかと思いきや、何か似ている。
皆、酒が強い。顔の彫りの深さに、妙に親近感が沸いたりする。

アイヌと琉球の類似に初めて気付いたのは、日本人ではない。お雇い外国人のベルツである。
明治時代に日本に招聘され、東大医学部で教官を務めた彼は、1911年に論文を発表した。
「かつて本州で狩猟採集の生活を行っていた縄文人(アイヌ人、琉球人とも)は、頭蓋骨の分析から、小さい丸顔で彫りが深い点が共通している。
一方、約3000年前に渡来して稲作をもたらした弥生人は、北方寒冷地に適応していたため、顔が平たく長い傾向がある」、とベルツは指摘した。
つまり、彼によれば、弥生人が縄文人の間に「割って入った」のである。そして彼らを国の両端に追いやった。

北海道、東北に、また、九州、沖縄に酒豪が多い、という研究。
共通しているのは、アルコール分解酵素のタフさというただひとつの遺伝子だけと、限定して考える必要はない。
現代にはDNA分析という武器がある。この手法の強力さには、敬服せざるを得ない。
2012年日本の研究チームがDNA分析により、アイヌ人と琉球人の遺伝的近縁性を証明した。
北と南、地理的なへだたりにもかかわらず、琉球人は本土人(弥生系)よりもアイヌ人に近いことが示されたのである。

北と南、最も遠いようでいて、実は、かつてはひとつだった。両端はかつて、つながっていた。
日本人とは何か、ということに、学問的な手法で以てひとつの解答を与えようとしているわけだけど、単なる知的好奇心を満たしてくれるだけではなくて、何か壮大なロマンを感じる。
アイヌ、琉球、どちらもアニミズムで、霊は万物に宿るとされていた。
彼らの文化が生み出した、ちょっとした小物(アイヌ帯、沖縄シーサー)にも、共通して魔除けの力があるのが、おもしろい。
まぁ、彼らからすれば、僕は「間に割って入った」弥生系の末裔ということになるんだろうけど(^-^;